三重県亀山市白木町に鎮座する白川神社の紹介です。御祭神は天照大御神他十一柱となっています。旧白川村に鎮座していた二十三社を合祀して創建された神社であるとし白川村の総社として祀られてきた神社になります。
神社情報
- 神社名:白川神社
- 鎮座地:三重県亀山市白木町二八三五番地
アクセス:亀山市コミュニティーバス「白川小学校バス停」徒歩9分 │ 駐車場:◯
< 紹介した三重県に鎮座する神社一覧 >
御祭神
- 天照大御神
配祀神
- 天宇受売命
- 伊邪那美命
- 大山津見命
- 市寸島比売命
- 火之迦具土神
- 大穴牟遅命
- 品陀和気命
- 須佐之男命
- 木之花佐久屋比売命
- 瀬織津比売命
- 宇迦之御魂神
社格等
- 延喜式神名帳:ー
- 国史見在社 :ー
- 近代社格制度:村社
境内社
- ー
- URL:https://jinja-net.jp/jinjacho-mie/jsearch3mie.php?jinjya=63881
- 御朱印:×
- 参拝日:2026-01-10
由緒・社歴
創建は明治四十一年か?
明治四十一年に白川村に鎮座する神社二十三社を合祀するために創建したという。ただ、境内地を新たに造営したのか、合祀したいずれかの神社の境内を転用しているのかは不明。
- 創建:明治四十一年
- 明治期:村社に列格
- 明治四十一年(1908年):近隣の神社二十三社を合祀
祭式
- 例大祭:十月第二日曜日
- 祈年祭:未確認
- 新嘗祭:未確認
参拝記
白川神社の境内地の近くには「世界の亀山パネル」で一斉を風靡したシャープの亀山工場が近くにあります。液晶パネルが特別なものから当たり前のものに移り変わっていく中でシャープの業績も落ち込んでいつの間にやら台湾企業に買収されてしまいましたね。で、この境内地の周辺は元々は字富士山と言っていた様で、この辺りでは一番標高が高く全村を一望できた場所だったんだとか。
ちなみに、日本の山林って江戸時代まではかなりの面積が禿げ山となっていました。それを明治になり災害防止の観点からも植林が全国で推し進められ禿げ山がほぼ消滅したという歴史があります。全村が一望できたってことはこのあたりも禿げ山だったのか?とふと思ってしまいました。
日本の製鉄は鉄鉱石ではなく砂鉄を主原料として製鉄する”たたら製鉄”が主流だったそうで、この製鉄方法は非常に多くの木々を使用することから森林にかなりな負担を与える製鉄方法だったようで、禿山による土砂災害・水害がかなり深刻だったそうです。さらに人々の日々の生活でも”薪”は必要な訳で、全国的に程度の差はあれど山々の木々はかなり伐採されていた様です。250年も平穏だった江戸時代はかなり人口が増えたはずで、これも禿げ山がふえた原因だと思います。

白川の集落から白川小学校に抜ける事ができる市道沿いに白川神社の参道入口があります。車の場合はこの場所より少し小学校よりに境内脇にいける道路が設けられているのでそちらから向かう事になるかと思います。

明らかに植樹されただろうと思う杉林の中を石段による参道が続いています。

石段を登ると社殿の側面にでることになって、ぐるっと回り込む形で社号標や鳥居が据えられている境内入口が設けられています。こちらの神社には・・・


鳥居を挟んで左右に石造二本柱タイプの手水舎が設けられています。向かって右側の水盤には「鈴鹿宮」と彫られていて、明治四十一年に合祀された鈴鹿神社で使われていた(であろう)水盤になります。

すこし脇から撮影するとこんな感じで手水舎がならんで立っています。

一の鳥居から二の鳥居までの間に対の石灯籠が四基ほど立ち並んでいます。その先に狛犬一対と二の鳥居。こういった石造物の配置はなかなか珍しいかとおもいます。

子乗り玉乗りの大正から昭和にかけて生まれたと思われる狛犬一対になります。

切妻瓦葺平井入りの向拝と高覧のある濡縁が設けられた拝殿を有する社殿になります。

本殿は神明造となっています。神宮のお膝元である伊勢国あるあるなのか神明造の本殿が非常に多いといった印象ですね。
- 本殿:神明造(千木:内削ぎ・鰹木:六本)
- 神門;ー
- 幣殿:ー
- 拝殿:◯(平入、向拝あり、濡縁あり)
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