亀山市

白川神社:三重県亀山市白木町

三重県亀山市白木町に鎮座する白川神社の紹介です。御祭神は天照大御神他十一柱となっています。旧白川村に鎮座していた二十三社を合祀して創建された神社であるとし白川村の総社として祀られてきた神社になります。

神社情報

  • 神社名:白川神社
  • 鎮座地:三重県亀山市白木町二八三五番地

アクセス:亀山市コミュニティーバス「白川小学校バス停」徒歩9分 │ 駐車場:◯

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御祭神

  • 天照大御神

配祀神

  • 天宇受売命
  • 伊邪那美命
  • 大山津見命
  • 市寸島比売命
  • 火之迦具土神
  • 大穴牟遅命
  • 品陀和気命
  • 須佐之男命
  • 木之花佐久屋比売命
  • 瀬織津比売命
  • 宇迦之御魂神

ポイント

 明治四十一年に白川村に鎮座する二十三の神社を合祀して村内の神社を一社にしています。二十三の神社に対し、御祭神は十二柱という事なので、亀山市に鎮座する他の神社の神社合祀を参照すると、かなり多くの”山神社”が合祀されている気がします。鈴鹿郡郷土誌も参照して合祀前の神社を想像していくと・・・

  • 神明社:天照大御神
  • 鈴鹿神社:瀬織津姫命
  • 八幡社:品陀和気命
  • 富士権現社:木之花佐久屋比売命
  • 熊野神社:伊邪那美命
  • 鷲山神社:大穴牟遅命
  • 布気神社:天宇受売命、伊邪那美命
  • 山神社?:大山津見命
  • 弁天社?:市寸島比売命
  • 愛宕社or秋葉社?:火之迦具土神
  • 牛頭天王社?:須佐之男命
  • 稲荷社?:宇迦之御魂神

 大きくは違っていないと思いたいのですがこんな感じの神社が鎮座していたのではないかと思っています。

社格等

  • 延喜式神名帳:ー
  • 国史見在社 :ー
  • 近代社格制度:村社

境内社

由緒・社歴

 創建は明治四十一年か?
 明治四十一年に白川村に鎮座する神社二十三社を合祀するために創建したという。ただ、境内地を新たに造営したのか、合祀したいずれかの神社の境内を転用しているのかは不明。

  • 創建:明治四十一年
  • 明治期:村社に列格
  • 明治四十一年(1908年):近隣の神社二十三社を合祀

祭式

  • 例大祭:十月第二日曜日
  • 祈年祭:未確認
  • 新嘗祭:未確認

参拝記

 白川神社の境内地の近くには「世界の亀山パネル」で一斉を風靡したシャープの亀山工場が近くにあります。液晶パネルが特別なものから当たり前のものに移り変わっていく中でシャープの業績も落ち込んでいつの間にやら台湾企業に買収されてしまいましたね。で、この境内地の周辺は元々は字富士山と言っていた様で、この辺りでは一番標高が高く全村を一望できた場所だったんだとか。
 ちなみに、日本の山林って江戸時代まではかなりの面積が禿げ山となっていました。それを明治になり災害防止の観点からも植林が全国で推し進められ禿げ山がほぼ消滅したという歴史があります。全村が一望できたってことはこのあたりも禿げ山だったのか?とふと思ってしまいました。

 日本の製鉄は鉄鉱石ではなく砂鉄を主原料として製鉄する”たたら製鉄”が主流だったそうで、この製鉄方法は非常に多くの木々を使用することから森林にかなりな負担を与える製鉄方法だったようで、禿山による土砂災害・水害がかなり深刻だったそうです。さらに人々の日々の生活でも”薪”は必要な訳で、全国的に程度の差はあれど山々の木々はかなり伐採されていた様です。250年も平穏だった江戸時代はかなり人口が増えたはずで、これも禿げ山がふえた原因だと思います。

  白川の集落から白川小学校に抜ける事ができる市道沿いに白川神社の参道入口があります。車の場合はこの場所より少し小学校よりに境内脇にいける道路が設けられているのでそちらから向かう事になるかと思います。

 明らかに植樹されただろうと思う杉林の中を石段による参道が続いています。

 石段を登ると社殿の側面にでることになって、ぐるっと回り込む形で社号標や鳥居が据えられている境内入口が設けられています。こちらの神社には・・・

 鳥居を挟んで左右に石造二本柱タイプの手水舎が設けられています。向かって右側の水盤には「鈴鹿宮」と彫られていて、明治四十一年に合祀された鈴鹿神社で使われていた(であろう)水盤になります。

 すこし脇から撮影するとこんな感じで手水舎がならんで立っています。

 一の鳥居から二の鳥居までの間に対の石灯籠が四基ほど立ち並んでいます。その先に狛犬一対と二の鳥居。こういった石造物の配置はなかなか珍しいかとおもいます。

 昭和十二年に発刊された「郷土調査」によると、白川神社の御祭神は「天照大御神他十一座」と記されていて、三重県神社庁の白川神社紹介ページの御祭神と相違はありません。しかし、三重県神社庁の由緒では「明治の合祀令によって明治四十一年六月一日関町加太の川俣神社に合祀されたが、戦後の昭和二十三年に元の社地に復社した。」と記しています。ただ、関町加太に鎮座する川俣神社の由緒には白川神社が合祀されたということは書かれていませんし、市町村合併前の白川村と加太村は別の自治体なのでそもそも論として合併の対象にならないと思うんです。ということは、三重県神社庁の編集ミスなんですかね。
 ただ、白川神社の紹介をしているブロガーさん達の記事には三重県神社庁の由緒を参照されているケースも多く、白川神社が一旦合祀によって消滅してしまったという情報が広まっていると思うのでこの辺りが少し問題かなと思っています。

  • 亀山市: 20社鎮座 紹介17社目 17/20
  • 三重県:815社鎮座 紹介25社目 25/815

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 子乗り玉乗りの大正から昭和にかけて生まれたと思われる狛犬一対になります。

狛犬の特徴

 全国に一万社以上が鎮座する神社のその大半に据えられている「狛犬」。狛犬は邪気を祓い、神前を守護していると考えられています。その為、拝殿の前、参道、境内入口など要所に左右一対で据えられています。

 神道には「神様から見て左側(神前向かって右側)が上位」という思想があり、祭式作法、神社様式など神社に関わるほぼ全てがこの思想の影響を受けています。

 狛犬もこの思想を色濃く反映されていて、向かって右側に口を開いた阿像、向かって左側に口を閉じた吽像が据えられています。口を開いたり口を閉じたりしているのは、阿吽は、インゴのサンスクリット語の最初の音「ア」と最後の音「ウン」を発音した時の口の形を表しているとも言われ、「宇宙の最初と最後」を意味しているとも。この事から、「ア」を表現している阿像が上位としている訳です。

 切妻瓦葺平井入りの向拝と高覧のある濡縁が設けられた拝殿を有する社殿になります。

本殿は神明造となっています。神宮のお膝元である伊勢国あるあるなのか神明造の本殿が非常に多いといった印象ですね。

  • 本殿:神明造(千木:内削ぎ・鰹木:六本)
  • 神門;ー
  • 幣殿:ー
  • 拝殿:◯(平入、向拝あり、濡縁あり)

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