亀山市

栄町神社:三重県亀山市栄町

三重県亀山市栄町に鎮座する栄町神社の紹介です。御祭神は猿田彦大神。江戸時代に巡見街道が通されたことで森林が広がっていた当地の開発が進み、祈願所として創建され昭和六十二年に神社登録された新しい神社になります。

神社情報

  • 神社名:栄町神社(さかえまちじんじゃ)
  • 鎮座地:三重県亀山市栄町一四八七番地七号

アクセス:三重交通バス「栄町バス停」徒歩4分 │ 駐車場:◯

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御祭神

  • 猿田彦大神

ポイント

 井田川村の和田地区に「堺町」と呼ばれる亀山市との市境と接した松や杉が生い茂る森林が広がりほとんど人が住んでいなかった場所があった。明治時代になり森林を切り開いて徐々に人々が移り住む様になり地名を「栄村」に改称した。井田川村は神社合祀令に沿って村内の神社を大字和泉に鎮座する「川俣神社」に全て合祀していた事もあり、人々は祈願所として「導きの神とされる猿田彦大神」を祀ったそうです。この地区の発展の導きを祈願したんでしょうね。

社格等

  • 延喜式神名帳:ー
  • 国史見在社 :ー
  • 近代社格制度:ー

境内社

  • 稲荷社

由緒・社歴

 栄町神社が鎮座している「栄町」は元々井田川村に属し、松や杉が生い茂る山林が広がり人々が住んでいなかった場所だったと言われており亀山市との市境に接していた事もあり「堺町」と称していたそうです。江戸時代に岐阜県関ヶ原から亀山に至る「巡見街道」が幕府によって整備され徐々に人々が移り住む様になり、明治時代になると加速的に集落が形成される様になったことから地名を「栄町」と改称するに至ったという。人々が移り住み出した頃にこの地の祈願所として社が築かれたと伝え、昭和六十二年九月七日に神社庁所轄神社に登録された。

  • 明治時代:祈願所として創建
  • 昭和六十二年(1987年):宗教法人登録を経て神社庁所轄神社となる。

祭式

  • 例大祭:未確認
  • 祈年祭:未確認
  • 新嘗祭:未確認

参拝記

 国道306号線と市道が交差する荻町北交差点を市道側に入っていくと栄町神社が鎮座しています。車で参拝に向かう場合も境内前に駐車スペースが確保されているので安心して参拝することができるかと思います。

 栄町神社の鳥居は非常に少数派な”木造”の神明鳥居を据えています。石造と比較するとどうしても耐久性の面から不利な事もあって境内入口などの鳥居は体感的には99%以上は石造鳥居な気がします。(ただ、稲荷社でよく見かける朱塗りの連続鳥居では木造鳥居が主流ですね。)

巡見街道とは?

 三重県北部,鈴鹿山脈東麓を北上し,岐阜県南西部にいたる街道。江戸時代初期,徳川家光が諸国に巡見使を派遣するため整備した街道で,亀山市で東海道と分かれ,菰野町,いなべ市の大安,北勢,藤原を経て岐阜県に入り,関ヶ原町の不破関で中山道と接していた。中山道方面からのお伊勢参りの人々に使われた街道なんだとか。この巡見街道の大部分は国道306号線となっています。

  • 亀山市: 20社鎮座 紹介7社目 7/20
  • 三重県:815社鎮座 紹介15社目 15/815

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 岩をくり抜いた水盤が据えられています。

 境内社の稲荷社になります。朱塗りの連続鳥居は木造が多い書いた所ですがやはりここ栄町神社にある連続鳥居も木造だったのですが、それより目を引くのが鳥居ごと覆っている鞘堂ですね。本殿を雨風から守るために覆う”覆殿”または”鞘堂”はよく見かけるのですが、鳥居ごと覆う鞘堂は初見になります。三重県下の神社を”全て”巡って行こうと思っている当サイトとしてはこの様式の鞘堂が他にもあるのか、こちらにも注目しながら参拝をし記事を上げて行こうと思っています。もしかしたら・・・三重県で唯一ってこともありえるかと。

 切妻瓦葺平入の入母屋破風による向拝が設けられた拝殿を有する社殿になるのですが、正面側に手洗いが郵便ポストなどが設置され、参拝した時に拝殿内も見えたのですが、普段は社務所を兼ねている様です。

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