亀山市

南宮大神社:三重県亀山市太森町

三重県亀山市太森町に鎮座する南宮大神社の紹介です。御祭神は金山毘古命。令和になってから大規模な造営工事が行われ境内の雰囲気が一変し非常に開けた明るい境内となっています。

神社情報

  • 神社名:南宮大神社(なんぐうおおじんじゃ)
  • 鎮座地:三重県亀山市太森町一三〇八番地

アクセス:亀山市コミュニティーバス「安楽橋バス停」徒歩13分 │ 駐車場:◯

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御祭神

  • 金山毘古命

配祀神

  • 息長帯比賣命
  • 天眞名鶴命
  • 天照大御神
  • 建速須佐之男命
  • 大穴牟遅神
  • 宇賀乃御魂命
  • 大山津見神
  • 木花咲耶比賣命
  • 火乃迦具土神

ポイント

明治三十九年から明治政府による神社合祀令の元、鈴鹿郡川崎村でも合祀が進められたが、近隣の自治体と異なり小社のみの合祀に留めたことから南宮大神社は能褒野神社への合祀とはならず、地元の産土神として鎮座し続けたという。

明治四十一年、近隣の小社を合祀

  • 大年神社(御祭神:大年之神(大穴牟遅神))
  • 伊奈利神社(御祭神:宇賀乃御魂命)
  • 神明社(天照大御神、建速須佐之男命)
  • 愛宕社(御祭神:火乃迦具土神)
  • 山神社(御祭神:大山津見神、木花咲耶比賣命)

社格等

  • 延喜式神名帳:ー
  • 国史見在社 :ー
  • 近代社格制度:村社

境内社

由緒・社歴

 三重県神社庁:南宮大神社社伝記によると創建は元弘年中(1331-33年)とし、鈴鹿郡郷土史によると天正十二年創建としています。峯城城主の関家が武運長久の祈願で美濃國の南宮大明神を勧請したという。

 明治三十一年、南宮大神社は元鎮座地から大年神社が鎮座していた現在地に遷座し、大年神社は境内社となり、境内社だった八幡神社は南宮大神社に合祀された。明治四十一年には近隣の無格社を合祀した。

 令和になり、社殿を建て替える大規模な造営工事が行われ、神社の雰囲気が一変しています。

  • 創建:不詳
  • 分祀:昭和二十三年(1948年)十一月二十一日
  • 再興:昭和二十六年(1951年)三月三十一日
  • 創建:元弘年中(1331-33年)または天正十二年(1585年)
  • 明治三十一年(1898年):現在の境内地に遷座。境内社だった八幡神社を合祀
  • 明治四十一年(1908年):近隣の商社を合祀
  • 令和七年(2025年):造営工事竣工

祭式

  • 例大祭:未確認
  • 祈年祭:未確認
  • 新嘗祭:未確認

参拝記

 国道306号線を走って安楽川を渡河する橋の南詰から西側を望んだときに見える集落の中心近くに今回参拝する南宮大神社は鎮座しています。上記ストリートビューで現地はこんな感じかと思って無かったのですが、社殿を建て替える大規模な造営工事が行わており、社殿周辺にあった鎮守の杜が消滅していて社殿の裏側から向かっていた事もあって「あれ?この辺じゃなかったっけ?」と少し焦ってしまいました。

 大きく雰囲気が変わってしまった南宮大神社の境内になります。元々の社殿は亀山周辺でよく見かける造りの拝殿を有していた事はGoogleマップの南宮大神社スポットデータに投稿された写真で確認することができます。

 南宮大神社は峯城城主の関氏が勧請創建した神社であることは先の述べていますが、この峯城を巡って二度の戦いが繰り広げられており、一度目の戦いとなる天正十一年(1583年)の峯城を巡る攻防で峯城を攻め落とすために大軍を率いてきた羽柴秀吉が本陣を置いた場所が大田村周辺だとされ、まさに南宮大神社が鎮座している周辺になると思われます。峯城とは安楽川を挟んだ対岸に位置しており本陣を置くには適していた場所なんだと思います。

  • 亀山市: 20社鎮座 紹介6社目 6/20
  • 三重県:815社鎮座 紹介14社目 14/815

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 銅板葺木造と石造ハイブリッドの二本柱タイプの手水社になります。なかなか秀逸なバランスの手水社なのかな。

 以前の境内の写真を見るとこの写真のあたりから鎮守の杜が広がっていたはずなんですが、ご覧の通り一本残らず伐採され砂利敷の境内が広がっています。森が広がった方が神社の雰囲気が出るとは思いますが維持管理(費)を考えると今の境内一択なってしまうのは仕方ない部分なのかな。

 明治から大正期の生まれと思われる狛犬一対になります。

狛犬の特徴

 全国に一万社以上が鎮座する神社のその大半に据えられている「狛犬」。狛犬は邪気を祓い、神前を守護していると考えられています。その為、拝殿の前、参道、境内入口など要所に左右一対で据えられています。

 神道には「神様から見て左側(神前向かって右側)が上位」という思想があり、祭式作法、神社様式など神社に関わるほぼ全てがこの思想の影響を受けています。

 狛犬もこの思想を色濃く反映されていて、向かって右側に口を開いた阿像、向かって左側に口を閉じた吽像が据えられています。口を開いたり口を閉じたりしているのは、阿吽は、インゴのサンスクリット語の最初の音「ア」と最後の音「ウン」を発音した時の口の形を表しているとも言われ、「宇宙の最初と最後」を意味しているとも。この事から、「ア」を表現している阿像が上位としている訳です。

 前面の庇が伸ばされて向拝が設けられた流造のような様式となっている覆殿になります。中に本殿が鎮座しています。拝殿が無くなってしまいましたが、神社の建て替えなどの造営工事などの維持管理が出来なくて近隣の神社に合祀される事例が増えてきている中、こうして建て替えが行った氏子の方の努力に感謝しつつしっかりと参拝させて頂きました。

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