三重県亀山市との市境となる三重県鈴鹿市小田町に鎮座する大御寶神社の紹介です。社名は「おおみたから」と読み、御祭神は建速須佐之男命。明治41年に川俣神社に合祀されるが昭和22年に分祀復座した神社になります。
神社情報
- 神社名:大御寶神社(おおみたからじんじゃ)
- 鎮座地:三重県鈴鹿市小田町五五四番地
アクセス:JR東海 関西本線「井田川駅」徒歩9分 │ 駐車場:×
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御祭神
- 建速須佐之男命
配祀神
- 道反大神
- 久那斗神
- 八衢比古神
- 八衢比売神
- 宇迦之魂神
- 木花咲耶比売命
- 瀬織津比売命
- 速佐須良比売命
社格等
- 延喜式神名帳:ー
- 国史見在社 :ー
- 近代社格制度:ー
境内社
- ー
- URL:https://jinja-net.jp/jinjacho-mie/jsearch3mie.php?jinjya=63810
- 御朱印:ー
- 参拝日:2026-01-31
由緒・社歴
明治四十一年に、鈴鹿郡井田川村大字和泉に鎮座する川俣神社に合祀された。太平洋戦争終戦によりそれまでの国による神社管理(国家神道)が終結し、氏子の熱意が大きかったのか昭和二十三年、現在の境内地に分祀奉斎されています。川俣神社の境外社として奉斎されてきたが昭和二十六年、神社本庁所属神社として独立承認を受けています。
大正四年に発刊された「鈴鹿郡郷土史」には、大字和泉に鎮座する川俣神社に合祀された三十三の神社の社名と御祭神が記されています。そこには「大御寶神社、大字小田に在りて、建速須佐之男命を祭りしものなり。」と記されています。
- 創建:不詳
- 分祀:昭和二十三年(1948年)
- 再興:昭和二十六年(1951年)
- 創建:不詳
- 明治四十一年:大字和泉鎮座「川俣神社」に合祀
- 昭和二十三年;現在の境内地に分祀復座
- 昭和二十六年:神社庁所轄神社として創建
祭式
- 例大祭:未確認
- 祈年祭:未確認
- 新嘗祭:未確認
参拝記
大御寶神社の境内へ通じる道は非常にわかりにくい&伝えにくかったりします。JR東海の関西本線沿いに鎮座しているので地図を見ながら神社を目指すのですが、近くまで行けるのですが最後の100mほどが分かりにくいんです。最終的に本当にここ通るのか?って思ってしまう、まるで神社の隣家の敷地を通り抜けるような場所を通り抜けるとようやく大御寶神社の境内入口に辿り着く事ができます。今まで巡ってきた神社の中でも場所は分かっているのになかなか辿り着けないランキングではかなり上位に入る神社かと思います。

先にも述べましたが、まるで隣家の庭先のような場所を通り抜けて大御寶神社の境内入口に辿り着きました。大御寶神社の境内入口には石造灯籠一対、石造神明鳥居が据えられています。そうそう、ここ大御寶神社には社号標が見当たらず、また境内にも社名がわかるようなものが全くなく、最初本当に大御寶神社なのか?と不安になりました。

普段は撮影はあまりしないのですが、ふと本殿前に据えられた灯籠が気になって瑞垣内を撮影してみました。この灯籠には「大寶天皇御神前」と竿石部分に彫られています。元々は大御寶神社という社名ではなかったのかも?。もう少し望遠で撮影できたらはっきりとわかってもらえて良かったのですが、この日は望遠機能がほとんどないカメラしか持っていなかったのでこれで限界でした・・。

切妻瓦葺平入に庇による向拝が設けられた拝殿を有する社殿になります。

境内の一角に近隣から集められたと思われる「山祇神」と彫られた石碑になります。
伊勢神宮、氏神の神社、そして皆様が崇敬している神社の御神札をご自宅にお祀りされていますか?
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