鈴鹿市

三宅神社:三重県鈴鹿市三宅町 延喜式内社【論社】

三重県鈴鹿市三宅町に鎮座する延喜式内社の論社である三宅神社の紹介になります。御祭神は天手力雄命。創建は不詳ですが、古くは大和朝廷により屯倉が置かれた場所だとされ、江戸時代には手力明神とも呼ばれていたそうです。

神社情報

  • 神社名:三宅神社
  • 鎮座地:三重県鈴鹿市三宅町一二五九番地

アクセス:JR東海 紀勢本線「下庄駅」徒歩46分 │ 駐車場:◯

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御祭神

  • 天手力雄命

配祀神

  • 金山毘古命
  • 稲倉魂命
  • 豊宇賀売命
  • 迦具土命
  • 誉田別尊
  • 大鷦鷯尊
  • 足中彦命
  • 大山祇命
  • 素盞嗚命
  • 天鈿女命
  • 木花咲夜毘売命
  • 天児屋根命
  • 猿田彦命
  • 国狭槌尊
  • 稲田雷光神
  • 大日孁命

ポイント

天手力男神

 記紀に登場する日本神話の神。
 天照大御神が岩戸に隠れてしまった「岩戸隠れ」の際には岩戸の脇に控え天照大御神が岩戸から顔を覗かせた時に天照大御神を引きずり出した神としています。また、天孫降臨に際し、天照大御神の命により瓊瓊杵尊に随伴しています。

 「天津国において一番手力が強い男」という意の神名を持ち、岩戸隠れの際の逸話もあり、「力の象徴」とされています。現在では力の神としてだけではなく「スポーツの神」として信仰を集めている様です。

 古事記に伊勢国の佐那県(現在の三重県多気郡佐奈)に鎮まった記されており、式内社である「佐奈神社」が建立され御祭神として祀られています。

社格等

  • 延喜式神名帳:伊勢國鈴鹿郡 三宅神社
  • 延喜式神名帳:伊勢國河曲郡 大鹿三宅神社
  • 延喜式神名帳:伊勢國安芸郡 加和良神社
  • 国史見在社 :ー
  • 近代社格制度:村社

境内社

  • 稲荷社
  • 白龍社
  • 子孫繁栄社

境内社に宇佐八幡神社、春日神社、伊那利神社の三社があるという情報もあるのですが、自分が参拝した時には見当たらず。

由緒・社歴

 創建は不詳。
 江戸時代には「手力明神(ちりきみょうじん)」または「千力大明神(ちりきだいみょうじん)と棟札などに記載されている。前名称は御祭神である「天手力雄命」から称されたのでしょう。後名称は境内地西方を「ちぎりはま」と読んでいた事が由来だろうと思われます。
 国府町に鎮座する三宅神社の由緒と同様に大和朝廷の直轄地である「屯倉」が置かれた場所であり、周囲には古墳群、須恵器窯跡群があるなど古代より開発が行われた場所であると考えられている様です。
 明治初年に村社に列格し、明治四十年に周辺の無格社を合祀し、翌四十一年に村社長法寺神社も合祀した。(神社本庁の資料では村社には明治六年に列格し、明治三十九年に神饌幣帛料共進指定社となるとしています。)

  • 創建:不詳
  • 江戸時代:手力明神または千力大明神と称す
  • 明治初年(1867年):村社に列格
  • 明治四十年(1907年):周辺の小社を合祀
  • 明治四十一年(1908年):村社長法寺神社を合祀

祭式

  • 例大祭:十月十日
  • 祈年祭:二月二十日
  • 新嘗祭:十一月二十三日

参拝記

 三宅神社は三宅町と長法寺町の町境に鎮座しています。神社周辺は田園風景が広がっていてこれといった目印はないのですが、鎮守の森が目印となってかなり離れた場所からも境内地がわかるかと思います。

 市道から境内に向かう参道が設けられています。一の鳥居とその奥に見える二の鳥居が立つ部分は一般道路(農道?)と共用されています。こんな感じの参道は田園地帯に鎮座する神社によく見かける洋式ですね。

 社号標は風化して読みにくくなっていますが確か・・「式内」と合わせて彫られていた記憶があるのですが・・。

 二の鳥居の先に鎮守の森が広がり三宅神社の境内入口が設けられています。その左手前は参拝者用の駐車場の様です。

 境内入口には石段の先に三の鳥居が設けられています。真っ直ぐ進むと三宅神社の社殿が鎮座し、鳥居の左側に見える朱塗りの鳥居の先には境内社が三社鎮座しています。

 瓦葺木造四本柱タイプの手水社になります。三宅神社の手水社は花手水となっています。が、それよりも気になるのが・・

 水盤に「加和良神社」と彫られています。ここ三宅神社を延喜式神名帳「伊勢國安芸郡 加和良神社」に比定する説もあるそうで、この水盤がその説に信憑性を付加している感じですね。何やら明治時代までは「加和良神社」として長法寺村の宅山正楽寺が別当として奉斎してきたんだとか。

 三宅神社の社殿の両脇に社務所や斎館が建てられていて、境内は広いのですが社殿前は少し圧迫感がある感じがします。こうした社殿配置は自分の記憶では他に遭遇した記憶がないので狭い世界の話になるのですが珍しいのではないかと思います。まあ・・・こんな事を気にする方も他にいない気もしますが。

 ここ三宅神社は三宅神社、大鹿三宅神社、加和良神社と三社の式内社の論社となっています。しかも、合祀した際に式内社の論社である神社を合祀したわけでもないのにも関わらずです。これはそれだけこの三宅町周辺は古代から発展してきた場所だっただけではなく、室町時代から戦国時代にかけて戦乱によって様々な神社仏閣が焼失してしまい古い資料が消えてしまった事も関係していると思います。それぞれの延喜式内社の論社を巡り、神社の由緒だけでなく周辺の環境や歴史などを感じて自分なりの式内社を比定していくのも神社巡りの幅を広げてくれる一つの楽しみになるかと思います。

  • 三宅神社
    • 三宅神社:鈴鹿市国府町鎮座
    • 三宅神社:鈴鹿市三宅町鎮座
  • 大鹿三宅神社
    • 大鹿三宅神社:鈴鹿市池田町鎮座
    • 三宅神社:鈴鹿市三宅町鎮座
    • 神館飯野高市神社:鹿市神戸石橋町鎮座
      (明治に大鹿三宅神社論社の小祠を合祀)
  • 加和良神社
    • 加和良神社:鈴鹿市稲生町鎮座
    • 三宅神社:鈴鹿市三宅町鎮座
  • 鈴鹿市: 67社鎮座 紹介10社目 10/20
  • 三重県:815社鎮座 紹介30社目 30/815

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 明治期生まれと思われる狛犬一対になります。

狛犬の特徴

 全国に一万社以上が鎮座する神社のその大半に据えられている「狛犬」。狛犬は邪気を祓い、神前を守護していると考えられています。その為、拝殿の前、参道、境内入口など要所に左右一対で据えられています。

 神道には「神様から見て左側(神前向かって右側)が上位」という思想があり、祭式作法、神社様式など神社に関わるほぼ全てがこの思想の影響を受けています。

 狛犬もこの思想を色濃く反映されていて、向かって右側に口を開いた阿像、向かって左側に口を閉じた吽像が据えられています。口を開いたり口を閉じたりしているのは、阿吽は、インゴのサンスクリット語の最初の音「ア」と最後の音「ウン」を発音した時の口の形を表しているとも言われ、「宇宙の最初と最後」を意味しているとも。この事から、「ア」を表現している阿像が上位としている訳です。

 入母屋造瓦葺平入の濡れ園と入母屋破風の向拝が設けられた拝殿を有する社殿になります。

 本殿は拝殿よりさらに一段高くなった基壇の上に作られた神明造となっています。

  • 本殿:神明造(千木:内削ぎ・鰹木:八本)
  • 神門;ー
  • 幣殿:◯
  • 拝殿:◯(平入、向拝あり、濡縁あり)

 境内社の白龍社、稲荷社、子孫繁栄社、そして本殿わきに集められた石塔になります。

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