三重県亀山市両尾町に鎮座する延喜式内社の論社である彌牟居神社の紹介です。御祭神は建速須佐之男命他二十五柱。元々は牛頭天王を祀る天王社であり、明治四十一年に近隣の六十九社を合祀した際に現在の社名に改称しています。
神社情報
- 神社名:彌牟居神社(みむこじんじゃ)
- 鎮座地:三重県亀山町両尾町三四一四番地
アクセス:亀山市コミュニティーバス「平尾バス停」徒歩9分 │ 駐車場:◯
< 紹介した三重県に鎮座する神社一覧 >
御祭神
- 建速須佐之男命
配祀神
- 伊邪那岐大神
- 保食神
- 大事忍男神
- 火之夜芸速男命
- 八重事代主神
- 大名牟遅神
- 菅原道真
- 水波之女神
- 大山津見神
- 息長帯比売命
- 御食津神
- 天菩日命
- 天照大御神
- 帯中津日子命
- 和久産巣日神
- 天児屋命
- 木花佐久夜比売命
- 品陀和気命
- 宇迦之御魂神
- 大雀命
- 火之迦具土神
- 速玉之男命
- 久久理比売命
- 大山咋神
社格等
- 延喜式神名帳:伊勢国鈴鹿郡 彌牟居神社
- 国史見在社 :ー
- 近代社格制度:村社
境内社
- ー
- URL:https://jinja-net.jp/jinjacho-mie/jsearch3mie.php?jinjya=63880
- 御朱印:×
- 参拝日:2026-01-31
由緒・社歴
創建は不詳。
「亀城兎園記(元禄二年に書かれた亀山城下の様子や神社をまとめたもの)」平尾村を記した項目に「神明・天王 七十間ニ三十間 社領附 村ノ東」と書かれており、江戸時代には天王社または牛頭天王社などの名前で呼ばれていたようです。明治政府による神仏判然令によって牛頭天王を祀っていた神社は御祭神を建速須佐之男命に代える所が大半であり、当該天王社もこれに倣い、主祭神を建速須佐之男命としています。
明治十二年に村社に列格。
明治四十一年、近隣に鎮座する神社(村社八社、無格社六十一社)を合祀し、社名を彌牟居神社と改称した。※合祀された神社については色々資料を探しているのですが今の所見つからず不明です。)
- 創建:不詳
- 江戸時代:天王社と呼ばれる
- 明治十二年:村社に列格
- 明治四十一年:近隣の神社を合祀
祭式
- 例大祭:十月十日
- 祈年祭:未確認
- 新嘗祭:未確認
参拝記
新名神高速道路と東名阪・伊勢自動車道を結ぶ連絡道の亀山JCTからほど近い場所に鎮座しています。境内のすぐ近くは”フラワーロード”と呼ばれる広域農道が走っているそんな場所になります。

県道302号線と県道とフラワーロードを結ぶ接続道の交差点の所に彌牟居神社の境内入口があります。延喜式内が合わせて彫られた社号標と石造灯篭一対、昔ながらの幟立石一対が据えられ、境内に向かって中々急な石段が続いています。県道と右に写っている道路を敷設する為に境内の一部が削られて今の姿になったはずですが、元々はもう少しなだらかな石段が続いていたんでしょうね。

石段を登り切った先に、扁額の無い石造明神鳥居が据えられています。

こちらの手水舎は中々見ない様式で、妻入瓦葺”鉄製”四本柱タイプになります。屋根部分は木造なのでハイブリッド工法とも言えるかもしれません。その先には明神鳥居の二の鳥居が見切れています。

二の鳥居の先はこんな感じで境内が広がっています。社殿は更に石段を登った先に鎮座しているようです。一対の杉の木は意図的に植えられたのでしょうかね。根の張り方とかまさに”対”といった感じになっています。

石造狛犬一対になります。この石匠がどこの方なのか全くわからないのですが今まで見てきた狛犬の中での「自分の中で好きな狛犬の造形ランキング」ではかなり上位にランクインしてきます。特に、顔つきはピカイチかも。

切妻造瓦葺平入の切妻破風の向拝が設けられた拝殿を有する社殿になります。

瑞垣に囲まれた神明造の本殿になります。拝殿と本殿の間に雨よけの屋根が設けられています。
- 本殿:神明造(千木:内削ぎ・鰹木:六本)
- 幣殿:ー
- 拝殿:◯(平入、向拝あり:亀山市周辺の神社で散見できる建築様式)
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