三重県鈴鹿市庄野町に鎮座する延喜式内社の論社である川俣神社の紹介です。明治四十一年に庄野町の神社が大黒神社に合祀され、社名を川俣神社へ改称しています。御祭神は大国主命他十四柱となっています。
神社情報
- 神社名:川俣神社
- 鎮座地:三重県鈴鹿市庄野町十二番地二十七号
アクセス:三重交通バス「庄野橋バス停」徒歩5分 │ 駐車場:◯
< 紹介した三重県に鎮座する神社一覧 >
御祭神
- 大国主命
- 高龗神
- 大比古命
- 健速須佐之男命
- 宇迦之御魂神
- 品陀和気命
- 菅原道真
- 玉依毘売命
- 市寸島姫命
- 大山祇神
- 埴山毘売神
- 大直毘神
- 建御名方神
- 息長帯日売命
社格等
- 延喜式神名帳:伊勢國鈴鹿郡 川俣神社
- 国史見在社 :ー
- 近代社格制度:ー
境内社
- ー
- URL:https://jinja-net.jp/jinjacho-mie/jsearch3mie.php?jinjya=63782
- 御朱印:ー
- 参拝日:2026-01-31
由緒・社歴
創建は不詳。
宝暦十一年(1761年)に記された「三国地誌」によると庄野村には「賀茂明神祠、八王子祠、土御前、八幡宮(三社同殿)、貴船祠、又汲川原には、八王子祠があり。」と記されている。
「八王子祠、土御前、八幡宮(以下、八王子祠)」は長寿寺の鎮守であったとされ、元禄七年現在の境内地に遷座したと伝えられる。のちに社名を大黒神社と改称した。
明治四十一年、庄野村に鎮座する神社を合祀、社名を川俣神社と改称した。
・合祀した「貴布祢神社」は貴船とも書き、川俣神社とも呼ばれていた。
- 創建:不詳
- 遷座:元禄七年(1694年)
- 合祀改称:明治四十一年
- 創建:不詳
- 元禄七年(1694年):現在の境内地に遷座
- 時期不詳:大黒神社に改称
- 明治六年:村社に列格
- 明治四十一年:庄野村内神社、祠、山神を合祀し、社名を川俣神社と改称
祭式
- 例大祭:未確認
- 祈年祭:未確認
- 新嘗祭:未確認
参拝記
旧東海道の四十五番目の宿場町である「庄野宿」の中心に鎮座する川俣神社の紹介です。今の境内地は元々「大黒神社」が鎮座していた場所で、明治四十一年に庄野村に鎮座する神社が大黒神社に合祀された際、式内社の名称である「川俣神社」に改称しています。ということで、「元々はこの地に川俣神社が鎮座していた訳ではない。」ということは覚えておく必要があります。

延喜式内が合わせて彫られた社号標と瑞垣が設けられ、その内側に石造灯籠一対、狛犬一対、神明鳥居が据えられた境内入口になります。前面に映っている道路部分は旧東海道になっていて、庄野宿のまさに鎮守の神として鎮座しているようです。

式内を示す社号標です。由緒のところでも書いていますが、元々は大黒神社だったわけで合祀後に据えられた社号標になります。

明治期後半から昭和初期の生まれと思われる狛犬一対になります。

参道を進むと太鼓橋と神明鳥居の二の鳥居が据えられています。

用水に沿って設けられていた石垣の上に据えられたなかなかのお年と思われる狛犬一対です。

銅板葺木造の支柱が設けられた二本柱タイプの手水社になります。こちらのサイトでは初見の二本柱タイプです。

入母屋造瓦葺平入の入母屋破風の向拝が設けられた拝殿を有する社殿になります。庄野郷土誌には社殿の火災によって旧庄野村役場の建物を流用していたと記されているのですが、現在は建て替えられている感じがします。

明治四十一年の神社合祀で集められた山神になります。
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