三重県鈴鹿市中富田町に鎮座する延喜式内社の論社である川俣神社の紹介です。御祭神は大毘古命。江戸時代には境内地東隣に主要街道に一理(約4km)毎に設けられた土盛の塚である「中富田一里塚」があり、丁度日本橋から百個目(400km)の距離なんだとか。
神社情報
- 神社名:川俣神社
- 鎮座地:三重県鈴鹿市中富田町五番地
アクセス:三重交通バス「中富田バス停」徒歩1分 │ 駐車場:ー
< 紹介した三重県に鎮座する神社一覧 >
御祭神
配祀神
- 天照大神
- 中臣神
- 須佐之男命
- 猿田毘古大神
- 玉依比売命
ポイント
明治四十一年、井田川村では鎮座する全て神社を和泉町に鎮座する川俣神社に集約するという非常に大規模な神社合祀が行われ、井田川村を構成していた大字中富田(旧中富田村)に鎮座していた神社も全て合祀されたとしています。そして太平洋戦争終戦後となる昭和二十三年に各地元の総意により井田川村の”大字”ごとに分祀復座しており、中富田の神社も復座した川俣神社に合祀された形ではありますが中富田に復座しています。
- 川俣神社(御祭神:八王子)
- 神明宮(御祭神:天照大御神)
- 春日社(御祭神:武甕槌命、経津主命、天児屋根命、比売神)
- 山神社(御祭神:久那斗神、八衢比古神、八衢比売神)
- 土 宮(御祭神:猿田彦大神)
- 津島社(御祭神:建速須佐之男命)
- 八幡宮(御祭神:玉依毘売命、品陀和気命、息長帶比売命)
上記の神社が大正期に発刊された「鈴鹿郡郷土誌」に書かれています。
現在では主祭神は「大毘古命」であるとしていますが、合祀される前までは「八王子」を主祭神としてた様です。いつ御祭神がかわったのでしょうか。
社格等
- 延喜式神名帳:伊勢國鈴鹿郡 川俣神社
- 国史見在社 :ー
- 近代社格制度:ー
境内社
由緒・社歴
創建は不詳。
江戸時代に記された「亀城兎園記」には「社 八王子・神明・八幡拾六間ニ拾五間 村之南」と記されていて、八王子と呼ばれていたことがわかります。
- 創建:不詳
- 分祀:昭和二十三年(1948年)十一月二十一日
- 再興:昭和二十六年(1951年)三月三十一日
- 創建:不詳
- 江戸時代には「八王子社」と称される
- 明治四十一年(1908年):大字和泉鎮座川俣神社に合祀
- 昭和二十三年(1948年):分祀により復座
- 昭和二十六年(1951年):神社庁所轄神社として創建
鈴鹿郡井田川村:川俣神社
明治四十一年に井田川村内の神社を大字和泉に鎮座する「川俣神社」に合祀したが、昭和二十三年に各地区に分祀した神社は下記の通り
- 旧和泉村:川俣神社(御祭神:大穴牟遅命)
- 旧海善寺村:若一大神社(御祭神:正哉吾勝勝速日天忍穂耳命)
- 旧川合村:須佐之男神社(御祭神:建速須佐之男命)
- 旧小田村:大御寶神社(御祭神:建速須佐之男命)
- 旧西富田村:川俣神社(御祭神:多紀理毘売命)
- 旧中富田村:川俣神社(御祭神:大毘古命)
- 旧和田村:和田神社(御祭神:建速須佐之男命)
- 旧井尻村:神明社(御祭神:天照大御神)
明治時代に行われた神社合祀を太平洋戦争後まさに否定するかのように井田川村を構成した旧八ヶ村に分祀が行われているのが非常に印象に残ります。地元の総意からいかにかけ離れた神社合祀だったのかがここからも判りますね。
祭式
参拝記
旧東海道沿いに今回紹介する川俣神社は鎮座しています。境内に隣接するように中富田一里塚の石碑が据えられています。道幅もほぼ当時のままな感じがします。
中富田一里塚
江戸幕府による五街道整備の一環で主要街道に一理(4km)毎に土盛の塚が設置されています。これを一里塚と呼び旅人らに距離を知らせる重要な目安となっています。中富田にある一里塚は東海道の起点である日本橋から数えて百個目の一里塚になるようで丁度400kmの距離があることになります。また、ここは神部藩と亀山藩の藩領境界となっていて境界石碑も設置されていた様です。
左の石柱は一里塚跡を示す石碑であり、右側の石柱が神戸藩・亀山藩の境界を示す石碑になります。
川俣神社の境内入口の両脇には「中富田一里塚」の旧跡を示す石碑と説明板が据えられています。その間に社号標と石像神明鳥居が据えられた境内入口があります。旧東海道は境内の北側をほぼ東西に通っており、社殿は南向き、結果、社殿の裏側からという北入り境内になっています。
式内と合わせて彫られた社号標になります。
前回紹介した西富田町に鎮座する「川俣神社」と同じく延喜式内社「川俣神社」の有力論社とされるのが当社になります。しかし社名である「川俣」がどこを指すのかがわからない事から、鈴鹿川が合流する場所または別れる場所に近い場所に「川俣」の意に近い伝承を持つ神社が亀山市・鈴鹿市の各地に誕生することになったという。
川俣神社・論社(鈴鹿川上流より)
- 鈴鹿市: 67社鎮座 紹介4社目 4/67
- 三重県:815社鎮座 紹介6社目 6/815
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昭和期後期から平成生まれの狛犬一対になります。機械彫が主となりかなり深い造形が可能にってからの作品ですね。
狛犬の特徴
全国に一万社以上が鎮座する神社のその大半に据えられている「狛犬」。狛犬は邪気を祓い、神前を守護していると考えられています。その為、拝殿の前、参道、境内入口など要所に左右一対で据えられています。
神道には「神様から見て左側(神前向かって右側)が上位」という思想があり、祭式作法、神社様式など神社に関わるほぼ全てがこの思想の影響を受けています。
狛犬もこの思想を色濃く反映されていて、向かって右側に口を開いた阿像、向かって左側に口を閉じた吽像が据えられています。口を開いたり口を閉じたりしているのは、阿吽は、インゴのサンスクリット語の最初の音「ア」と最後の音「ウン」を発音した時の口の形を表しているとも言われ、「宇宙の最初と最後」を意味しているとも。この事から、「ア」を表現している阿像が上位としている訳です。
切妻瓦葺平入の拝殿を有する社殿になります。本殿は神明造。社殿の後ろがに鳥居と旧東海道が写っていて社殿配置はこんな感じにです。
境内に据えられた地蔵堂になります。昭和になって分祀再建された神社なので仏教要素が境内にあっても問題なかったのでしょうね。
さらに境内には山神の石碑が一基据えられていました。
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