三重県鈴鹿市加佐登町に鎮座する日本武尊を御祭神とする加佐登神社の紹介です。日本武尊が亡くなった時に身につけていたとされる杖と笠を御神体とし、江戸時代には日本武尊陵だとされていた白鳥塚古墳のすぐ脇に鎮座しています。
神社情報
- 神社名:加佐登神社
- 鎮座地:三重県鈴鹿市加佐登町二◯二◯番地
アクセス:JR東海 関西本線「加佐登駅」徒歩25分 │ 駐車場:◯
御祭神
- 大和武尊
配祀神
- 天照大御神
- 豊受大神
- 火之迦具土神
- 気吹土主神
- 速玉之男命
- 天羽槌雄神
- 大国主命
- 伊邪那美神
- 伊邪那岐神
- 大雀命
- 建速須佐之男命
- 菅原道真
- 品田和気命
- 予母都事解之男神
- 息長帯比売命
- 大山津見神
社格等
- 延喜式神名帳:伊勢國鈴鹿郡 倭文神社
- 国史見在社 :ー
- 近代社格制度:村社
境内社
- 金刀比羅神社(御祭神:大物主神、少毘古名神)
- 日代神社(御祭神:景行天皇)
- 稲荷大神社(御祭神:建速須佐之男神、宇迦之御魂神、大市比賣神)
- 多度神社(御祭神:天津日子根命、天目一箇命)
- 内内神社(御祭神:建稲種命、美夜受比賣命)
- URL:https://www.kasado-jinja.com/
- 御朱印:◯
- 参拝日:2026-01-31
由緒・社歴
創建は不詳。
日本神話における最大のヒーローとされる「日本武尊」が東征から尾張国に帰国後、出立前に約束していた通り宮簀媛と結婚したが、ある日、草薙剣を宮簀媛に預け伊吹山の神を打ち取るとため出立するが、逆に伊吹の神に祟られ、なんとか下山するが病気の身となり大和国を目指すが能褒野の地で亡くなったと記紀で書かれています。
この日本武尊が能褒野の地で亡くなると死ぬ時に持っていたという「笠」と「杖」を御神体として祀るために創建されたとし、古来は「御笠殿社」と呼ばれていた。埋葬された後、日本武尊は白鳥となって飛び去ったとし、途中で舞い降りた場所に白鳥陵が造られています。
加佐登神社の境内に隣接するように三重県下最大の帆立貝式古墳の「白鳥塚古墳」があります。この白鳥塚古墳は江戸時代後期の本居宣長や平田篤胤などの国学者の多くが日本武尊の能褒野陵墓であるとし、明治九年に明治政府も一度は陵墓治定したが、明治十二年にこの治定を覆し丁子塚(現在の能褒野王塚古墳)を日本武尊陵に治定した。
明治六年、社名を御笠殿社から現在の加佐登神社に改称。
明治四十一年に近隣十七社を合祀し、村社に列格する。
- 創建:不詳
- 合祀:明治四十一年(1908年)
- 創建:不詳
- 明治六年(1873年):社名を加佐登神社に改称(旧来は御笠殿社)
- 明治四十一年(1908年):近隣十七社を合祀
- 明治四十一年(1908年):村社に列格
祭式
- 春季大祭:四月八日
- 例大祭:十月八日
- 祈年祭:二月二十一日
- 新嘗祭:十一月三十日
参拝記
国道1号線からは上野町交差点を北側(亀山方面だと左折、四日市方面からは右折)に県道27号線を進んでいきます。しばらく道なりに進むと、加佐登神社の看板が出てくるのでこの看板に従って進んでもらうのが一番わかりやすいかと思います。また加佐登神社の近くには鈴鹿フラワーパークがあるのでこちらを目印にしてもいいかも?。

社号標、幟ポール、石造灯籠、神明鳥居が据えられた境内入口になります。ここから社殿が鎮座する境内までは石段の参道が延びています。

参道途中に据えられた二の鳥居、さらに石段を進むと・・・

石段を登っていくと途中に三の鳥居が据えられています。さらに先に

四の鳥居になります。ここから先の参道の両脇には石灯籠が立ち並んでいます。

扁額が掲げられた五の鳥居となる明神鳥居になります。その後方に幟ポールも設置されていますね。

銅板葺切妻木造四本柱タイプの手水社になります。各柱も太く非常に重厚感のある造りになっています。

切妻造銅板葺平入の入母屋破風の向拝が設けられた拝殿を有する社殿になります。

社殿脇には日本武尊の石像が据えられています。
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