三重県鈴鹿市深溝町に鎮座する神明社の紹介です。御祭神は天照大御神。由緒は不詳ですが古くは深溝周辺は神宮の御厨が置かれた場所だったとされ、神宮の御祭神である天照大御神を祀る社が造られたのが創始なのではと言われている神社になります。近年では氏子の皆さんが境内に植え管理している”しゃくなげ”でその名を知られるようになってきています。
神社情報
- 神社名:神明社
- 鎮座地:三重県鈴鹿市深溝町一七四七番地
アクセス:鈴鹿市コミュニティーバス(C-BUS)「深伊沢地区市民センターバス停」徒歩5分 │ 駐車場:◯
< 紹介した三重県に鎮座する神社一覧 >
御祭神
- 天照大御神
配祀神
- 宇迦之御魂
社格等
- 延喜式神名帳:ー
- 国史見在社 :ー
- 近代社格制度:村社
境内社
- 水神社
- 大黒稲荷大明神
- URL:https://jinja-net.jp/jinjacho-mie/jsearch3mie.php?jinjya=63814
- 御朱印:×
- 参拝日:2026-01-31
由緒・社歴
創建は不詳。
深溝(ふかみぞ)は神宮の深溝御厨が置かれていた場所であり、古くから神宮との関係があった場所であったことから天照大御神を祀る社が建立されたと考えられます。
明治三十九年から四十年にかけて近隣の小社・祠など十六社を合祀しています。合祀をしていることなどから合祀以前には村社に列格していたと思われます。
大正期に記された「鈴鹿郡郷土誌」の深井澤村の項目に「水神社:大字深溝の中心にあり。祭神は水波比売命。祭日は九月十日とす。」と記されています。これは現在境内社として祀られている水神社のことだと思われます。深溝地区の神社合祀の詳細が不明なのでどういった経緯で神社の合祀が行われたのかがわからないのでなんとも言えないのですが、深溝地区の神社の合祀を行った神明社が水神社の境内地に遷座した・・・・という事なのか、・・・ただ単に郷土誌の記載間違いなのか・・この辺りはもう少し調査が必要です。
- 創建:不詳
- 明治三十九〜四十年:周辺十六社を合祀
祭式
- 例大祭:未確認
- 祈年祭:未確認
- 新嘗祭:未確認
参拝記
鈴鹿市深溝町(「ふかみぞ」と読むそうです。)なんですが、愛知県岡崎市出身の自分にとって”深溝”と書いて”ふこうず”と読んでしまうのは幸田町深溝に毒されているからなんでしょうか。神明社の境内は深溝の集落の中にあるので少し分かりにくいかなと思います。

分かりにくい上に神社周辺の道路は非常に狭くなっているのでさらに注意が必要です。境内入り口には幟ポール、手水舎、狛犬一対、石造神明鳥居が据えられています。

鉄板葺木造と鉄造のハイブリット構造の手水舎になります。給水の水道管が剥き出しっていうのが少し寂しい感じがします。ここは目隠しして欲しかったかな。

風化によってお顔部分の破損がかなり進んでしまっている狛犬一対になります。色々狛犬を見てきていますが、風化具合などは石材によって異なっている感じがします。ここの狛犬に使用されている石材が何なのかは全く分からないわけですが、こうして風化によってお顔部分などがかけてしまっている狛犬はほぼ同じような質感の石材を使用している感じがしています。まあ・・百年単位で風雪に晒されている訳ですから大なり小なり風化は避けられない訳ですが、こうしてお顔が欠けてしまった痛々しいお姿を見てしまうと鞘堂などが必要なのか?って考えてしまいます。

本殿脇に鎮座する水神社になります。基壇上に鎮座し、社を囲むように瑞垣が設けられて、正面に鳥居が設けられています。鈴鹿郷土誌で書かれていた水神社はこの社の事になるかと思います。

朱に塗られた鳥居が目印となる大黒稲荷大明神になります。

手水舎のような建物には井戸神が祀られていました。基壇の下はまだ井戸が残っていると思われます。

入母屋造瓦葺平入の入母屋破風による向拝と高覧のある濡縁が設けられた拝殿を有する社殿になります。本殿は神明造。

本殿は石造瑞垣で囲まれています。拝殿から本殿のに向かって伸びている部分が幣殿になります。
- 本殿:神明造(千木:内削ぎ・鰹木:六本)
- 神門;ー
- 幣殿:◯
- 拝殿:入母屋造瓦葺平入(向拝:◯、濡縁:◯)
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