鈴鹿市

飯野神社:三重県鈴鹿市三日市 延喜式内社【論社】

三重県鈴鹿市三日市に鎮座する延喜式内社の論社である飯野神社の紹介になります。御祭神は豊宇気毘売命。詳細は不詳ですが戦国時代に神戸城主により造営工事が行われ、式内社の論社である高市神社が合祀されています。

神社情報

  • 神社名:飯野神社
  • 鎮座地:三重県鈴鹿市三日市二丁目二十七番地一号

アクセス:三重交通バス「三日市バス停」徒歩1分 │ 駐車場:◯

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御祭神

配祀神

  • 高御産巣日神
  • 正哉吾勝勝速日天忍穂耳命
  • 大山津見神
  • 少名毘古那神
  • 天照大御神
  • 火之迦具土神
  • 保食神
  • 須佐之男命
  • 伊邪那美神
明治時代までは「飯野・高市両神社」と称していた。
明治四十一年、四十二年の近隣神社の合祀以前には
 ・飯野神社の御祭神は豊宇気毘売命
 ・高市神社の御祭神は高御産巣日神
合殿の御祭神として正哉吾勝勝速日天忍穂耳命、大山津見神を祀っていた。

豊宇気毘売命

豊受大神宮(神宮外宮)の御祭神である「豊受大神」として知られています。
神宮外宮の伝承では、雄略天皇の御代に天照大御神が現れ、「一人では食事が安らかにできないので、丹波国の等由気太神を近くに呼び寄せてほしい。」との神託があり外宮に祀られる様になったという。 

社格等

  • 延喜式神名帳:伊勢国河曲郡 飯野神社
  • 延喜式神名帳:伊勢国河曲郡 高市神社
  • 国史見在社 :ー
  • 近代社格制度:村社
式内社:飯野神社 論社一覧
飯野神社:三重県鈴鹿市長太旭町一丁目十一番地三十四号
・神館飯野高市神社:三重県鈴鹿市神戸二丁目十八番地二十八号
・飯野神社:三重県鈴鹿市三日市二丁目二十七番地一号
式内社:高市神社 論社一覧
・神館飯野高市神社:三重県鈴鹿市神戸二丁目十八番地二十八号
・飯野神社:三重県鈴鹿市三日市二丁目二十七番地一号

境内社

由緒・社歴

 由緒は不詳。
 境内に「神宮井に七堂」があり、弘治元年(1555年)に神戸城主神戸盛弘が造営したという。この時、社地より南にある高市森より高市神社を遷座させ合殿としたという。しかし、織田信長により伊勢侵攻の兵火により焼失した。その後、江戸時代になり寛永十四年神戸城主本多下総守より「宣屋敷地井ニ寺四ケ院屋敷地」の寄進をうける。
 明治六年に村社に列格。同三十九年に神饌幣帛料供進指定社となる。明治四十一年に村社二社、無格社五社、同四十二年に村社一社、無格社一社をそれぞれ合祀した。昭和二十六年に愛宕神社、忍山神社を分祀した。
 ※明治三十九年の神社明細帳には「飯野・高市両神社」と記されており、大正十三年の明細帳には「飯野神社」と単称となっています。

  • 創建:不詳
  • 弘治元年:神戸盛弘による造営
  • 天正年間:織田信長の伊勢侵攻により焼失
  • 寛永十四年:本多下総守より寄進
  • 明治六年:村社に列格
  • 明治三十九年:神饌幣帛料供進指定社となる
  • 明治四十一年:近隣の神社を合祀
  • 明治四十二年:近隣の神社を合祀
  • 昭和二十六年:愛宕神社と忍山神社を分祀

祭式

  • 例大祭:未確認
  • 祈年祭:未確認
  • 新嘗祭:未確認

参拝記

 今では県道54号線「中央道路」が境内地から少し離れた南側を通っていますが、この県道が作られる前は境内前を通る市道が幹線道路だったと思われます。今でも境内前で写真を撮影している時でも車が頻繁に通っていたので交通量が多い道路の様です。

 幟ポール、社号標、神社案内看板、神明鳥居が据えられた境内入口になります。幟ポールは今まで見てきた様式とほぼ同じだと思うのですが、基礎部分がかなり強固な形になっていますね。

 社頭には飯野神社と高市神社の社号標が並んで建てられています。両社とも延喜式内社の論社になる為、両方の社号標に「式内」と合わせて干されているのが非常に目を惹きます。

鳥居から社殿にむけて真っ直ぐ参道が伸びています。参道には基数は数えていませんが非常に多くの提灯屋台が設置されています。これだけ連続で提灯屋台が立ち並んでいるのは初見かな?例大祭とか提灯が掲げられた時はなかなかの迫力になりそうです。

 瓦葺木道四本柱タイプの手水舎になります。入母屋造の視覚的に重めの屋根なんですが軒が高いこともあってそこまでそこまで不安定さを感じさせない造りになっているかと。

 延喜式内社の論社である飯野神社に江戸時代、これまた延喜式内社の論社である高市神社が遷座合祀された神社となります。実際に明治期に書かれた神社明細帳には飯野・高市両神社と両神社が併記された社名だった様です。これが大正期の神社明細帳では飯野神社単称となっている事から、この間に造営工事が行われて飯野神社の本殿に合祀されたのではないかと思われます。それまではそれぞれの本殿が鎮座していたんじゃないのかなと考えています。

鈴鹿市67社鎮座紹介:55社目
三重県815社鎮座紹介:78社目

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 明治期生れと思われる狛犬一対になります。

 昭和期生れと思われる子乗り・玉乗りの狛犬一対になります。それぞれの狛犬を見比べると、時代を下っていくうちに造形がゴテゴテしていくのが見て取れますね。

狛犬の特徴

 全国に一万社以上が鎮座する神社のその大半に据えられている「狛犬」。狛犬は邪気を祓い、神前を守護していると考えられています。その為、拝殿の前、参道、境内入口など要所に左右一対で据えられています。

 神道には「神様から見て左側(神前向かって右側)が上位」という思想があり、祭式作法、神社様式など神社に関わるほぼ全てがこの思想の影響を受けています。

 狛犬もこの思想を色濃く反映されていて、向かって右側に口を開いた阿像、向かって左側に口を閉じた吽像が据えられています。口を開いたり口を閉じたりしているのは、阿吽は、インゴのサンスクリット語の最初の音「ア」と最後の音「ウン」を発音した時の口の形を表しているとも言われ、「宇宙の最初と最後」を意味しているとも。この事から、「ア」を表現している阿像が上位としている訳です。

 飯野神社の社殿配置は他の神社とは少し変わっていて二の鳥居、その先の灯籠群までが社殿と同じ基壇上に設けられています。

 入母屋造瓦葺平入の入母屋造の向拝が設けらえた拝殿を有する社殿になります。コンクリート造りで造営された社殿なんですが、木造造の社殿との違和感を極力なくした造りになっています。昭和後半頃から社殿の建て替え造営はコンクリート造りを採用する神社が多かった気がするのですが、平成になった頃から徐々に木造に回帰して、この流れに沿う様な感じでコンクリート造の社殿の造形が木造の社殿を模した様な造りになってきた感じがします。木造に比べてコンクリート造りは造形の縛りが緩やかの為多種多様な社殿が造営されてきていましたが、結局は今まで見慣れた社殿の造形に回帰してきたという事なんでしょうか。

  • 本殿:神明造(千木:・鰹木:本)
  • 神門:ー
  • 幣殿:〇
  • 拝殿:入母屋造瓦葺平入(向拝:〇、濡縁:ー)

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